【前編】「右上がりで尖っていた私」。筆跡が教えてくれた、あの頃のエネルギー。
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書くことは、私にとって人生そのもの
小学1年生から6年生まで、そして大人になってからも「大人の書道」を習い、私は人生の多くの時間を「書くこと」と共に歩んできました。
書道という静寂の中で墨の香りに包まれる時間は、私にとって大切な自己対話のひとときです。
ふと、昔の自分が書いた文字を振り返ったとき、そこにはまだ経験が少ない中で、精一杯背伸びをして、振舞っていた自分がいたことに気づきました。
「強さ」と「尖り」の時代
小・中学生の頃の私の筆跡は、今見返しても驚くほどエネルギーに満ち溢れています。
極端なほどの右上がりで、一画一画の角が鋭く尖った文字。
当時の私は、責任感が強く、常にリーダーシップをとりたいという意欲に燃えていました。
「こうあるべきだ」という正義感が強く、自信過剰で自己顕示欲も旺盛。
だから周りに人からは「はっきりしすぎていて怖い」「きつい」と思われていたと思います。
当時の文字は、まさに「尖っていた私」の、誰にも負けたくないという心の叫びそのものでした。
文字は「心の鏡」だった
今、ショップの運営を通して多くの表現に触れる中で、当時の文字を見ると納得する部分があります。
筆跡は、その時の自分が世界をどう捉えていたかを映し出す「心の鏡」だったかもしれません。
全力で駆け抜けていたあの頃。
文字が尖っていたのは、私が自分自身を守り、そして高めようと必死だった証拠なのかもしれません。
そんな鋭い文字を書いていた私が、大人になり、経験を重ねる中で、ある時自分の文字の「変化」に気づきました。
次回、後編では、心が解けると共に文字がどう変わっていったのか、そして「調和」を知った今の私についてお話しします。